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<title>リアルがんちゃんのつぶやき</title>
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<title>ある外国人投資家からみた地方の不動産保有税</title>
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<description>ある外国人投資家から、地方の大規模画地にかかる不動産保有コストについて言われたこ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ある外国人投資家から、地方の大規模画地にかかる不動産保有コストについて言われたこと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なぜ、ほかに利用価値がない土地なのに、こんなに税金が高いのか。土地の所有者はそれで納得しているのか。この税金は過去20年間、ずっとこの高い水準のまま推移しているのか。土地の利用によって税金が下がる可能性はあるのか・・・&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;はい、言われることはごもっともです。例えばバブル崩壊以降いちども利用されたことがない土地なのに、造成された当時のままの値段が付いていたり、あるいは最近造成されたと口と同等の評価がなされていたり、納税者の立場からすればとても納得できない評価が営々と行われてきたのが、特に地方に多い不動産評価の矛盾です。&lt;br /&gt;それは納税者が羊のようにおとなしいからではなく、地方自治体の財政が大きく不動産保有税収入に依存しており、利用がされていようがいるまいが、大きな土地を保有することができる所有者はそれだけ納税負担力があるとみなして（応能原則？）課税されるという税制がなされているために起こっている矛盾です。ただ、それを説明したところで、外国人投資家には関係のないことで、高い不動産保有コストにより事業採算性が悪化するから、その自治体の不動産には投資しない、というだけの話。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まったくグローバルスタンダードで投資が動くようになっているのに、日本国内事情で起こっている矛盾が解消されないとなると、益々投資マネーが日本から逃げていくのではないだろうか。結局、困るのは誰かしら？&lt;br /&gt;お金はそこにあるのに、投資されない。このギャップはなぜ生まれるのだろう。不景気だ不景気だと言う前に、どこかで誰かが景気のブレーキを踏んではいないか、振り返ってみたほうがいいのではないか。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>お仕事</dc:subject>
<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>gan_nosuke2007</dc:creator>
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<title>専業主婦を目指す女性たちに思うこと</title>
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<description>女性のともだちから、契約社員の同僚が専業主婦になることを目指して料理教室などに通...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;女性のともだちから、契約社員の同僚が専業主婦になることを目指して料理教室などに通って努力を続けていると聞いた。結婚相談所で聞いた話でも、あわよくば専業主婦を、と願う女性は少なくないという。いやはや、見たくない現実は見ないというか、おめでたい考え方の持ち主が少なくないのだなと、思ってしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;我が国の経済がデフレ傾向になって、すでに20年余、その間平均所得は、多少の凸凹はあるにせよ、継続的に下がり続け、さらに日本企業の国際競争力も徐々にではあるものの、韓国やお隣の中国、台湾といった国々に追い上げられてきている。人口に占める高齢者の割合は増え続け、先日の日経には社会保障費が所得の三割を占めるようになると予測されていると書かれていた。このような背景から、パートタイム等の就労を含めると、手に職を持つ女性の比率は上がり続け、すでに半数以上の女性が働いているという。専業主婦を目指している女性は、この厳しい現実を直視しているのだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もちろん専業主婦という地位を持つ女性がゼロになるわけではなく、今後も一定の専業主婦は存在するのだろう。しかし、それはすでに少数派で、また近い将来だけを見れば、減少傾向が反転することもあるまい。働くことの好き嫌いを問わず、働いて所得を得ることを求められる女性が増えているともいえるだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ということは、見方を変えれば、専業主婦を目指すということは、いまの大学入試や国家公務員試験などよりも遥かに競争率の高い、高収入かつ安定収入の男性と巡り会うポジションを手に入れることと同じにならないか。それが料理教室に通うぐらいで手に入れられるなんて、それは考えが甘すぎないか。例えば、若くて美人で料理も上手くて、性格も穏やかで、スタイルもそれなりに、というならわかないでもないだろう。高収入かつ安定収入の男性なら、それぐらい選り好みする選択肢があるとは考えないのだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;夢を見ること自体は、いいことだと思う。それが十代や二十代前半の、まだ世の中のことがわかっていない世代なら、百歩譲って仕方ないか。でも三十路を迎えたら、そろそろ現実を直視して、自分自身の「市場価値」を見極めたほうがこの先の人生、幸せなんじゃないの？と四十過ぎのオヤジは思う。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>gan_nosuke2007</dc:creator>
<dc:date>2012-04-18T23:36:37+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://real-gchan.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-7193.html">
<title>カールじいさんの空飛ぶ家（再）</title>
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<description>久しぶりに「カールじいさんの空飛ぶ家」をDVDで観た。何度観ても傑作だと思う。 ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;久しぶりに「カールじいさんの空飛ぶ家」をDVDで観た。何度観ても傑作だと思う。&lt;br /&gt;ひとは、チャレンジを繰り返して生きていく。しかしそのチャレンジは、人間的でなければならない。人間的とは、時に欲望にまみれ、時に執着心を生み出す。飛行船に山ほどのコレクションを溜め込んでいるマンツに対して、カールはその家からあらゆるものを捨て去っていく。家具も食器も思い出の品も、なにもかも。けれども、大切なものをちゃんと残していく。&lt;br /&gt;カールの生き方こそ、この変わり続ける世の中に生きる僕らは、見習わなければならないのかもしれない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;振り返れば、この映画こそが、再婚したいと考えるきっかけだったのかもしれない。離婚して早六年、ひとりの生活もかなり手馴れてきた。けれどもなにかが足りない。パートナーってなんだろう？と考えると、なにか共通の目標、未来を共有できることなのだろうか。エリーは南アメリカの幻の滝を、カールと見にいこうとした。女性の目から見たとき、どのように見えるかわからないが、エリーはとても幸せな人生を送ったのだろうと信じたい。同時にカールもとても幸せな人生を送り、これからも幸せな人生をおくるだろう。ではわたしはどうか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;最初にみたころと、いまとでは、また大きく状況が変わっている。将来への不確実性は相変わらず高いものの、なにか新しいものに向かっていこうとしている。いままでと同じことをしていては、たぶん尻すぼみなのだと、自分自身に言い聞かせている。十年前二十年前の変化より、はるかに不安が大きくて、正面を向くことが怖いぐらい。けれども過ぎた時間にしがみつこうとは思わない。前を、これから先のことを考えていたい。まだまだ可能性はあるのだから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;やっぱりなにか、力強いメッセージがこの映画には詰まっている。&lt;br /&gt;たぶんまた、引っ張り出してきて観るのだろう。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>
<dc:subject>映画・テレビ</dc:subject>

<dc:creator>gan_nosuke2007</dc:creator>
<dc:date>2012-04-08T00:05:35+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://real-gchan.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-6293.html">
<title>出会いと別れと再会と</title>
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<description>十年勤めた勤務先を本日退職した。 正確には、自主退社ではなく、会社都合による退社...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;十年勤めた勤務先を本日退職した。&lt;br /&gt;正確には、自主退社ではなく、会社都合による退社になる。&lt;br /&gt;我ながら、よく働いたと思う。決して具体的な利益を会社にもたらした訳ではないが、&lt;br /&gt;会社組織もリスク管理も業務効率化も、なにもかも中途半端なベンチャー企業で、&lt;br /&gt;走りながら考える、走りながら形をつくっていくという荒業を繰り返してきた。&lt;br /&gt;会社は倒産し、社員はあちこちに散っていったが、精神というかマインドは、&lt;br /&gt;わたし自身を含め、いまもなお元社員のこころの内に宿っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そのひとりが今日結婚式を挙げた。あいにくの天気だったが、いい結婚式だった。&lt;br /&gt;リーマンショックを経て、新郎新婦とも大きな波に揉まれながら、それでもそれぞれ&lt;br /&gt;波を乗り越えて、今日があるその姿は、凛々しく逞しくある。心から応援したくなる。&lt;br /&gt;そういえば最初の就職先で同僚だった男も、会社が経営破綻して、まだその先が&lt;br /&gt;はっきりみえていないのに、3月末の年度末に結婚式を挙げ、その後十数年を&lt;br /&gt;経て、いまは一児のお父さんになった。腹を括るとか、家族に責任を持つというのは、&lt;br /&gt;外部環境が変わっても、なんとか生活していく覚悟があるかどうか、ということを&lt;br /&gt;指すように、世の中一般の定義が変わってきたのかもしれない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;昨日、出先から会社に戻る電車内で、元妻にばったり会った。&lt;br /&gt;旧友というか、ともに一時期を過ごした仲間のような感じ。&lt;br /&gt;お互いの近況を短く確認して、さようなら。&lt;br /&gt;かつて恋愛感情があったということすら、思い出せなくなっている。&lt;br /&gt;お互いに未来をむいて生きているから、だろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あすから、また新しい生活が始まる。&lt;br /&gt;この先も、何度も何度も、新しい生活がやってくるのだろう。&lt;br /&gt;新しいことを、恐れず怖がらず自ら進んで取り組み、取り込んでいけるかどうか、&lt;br /&gt;それがわたしなりの、身の処し方。稼ぎ方であり、家族の守り方。&lt;br /&gt;願わくば、パートナーと支えあい、助け合いながら、生きていきたい。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>恋愛</dc:subject>
<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>gan_nosuke2007</dc:creator>
<dc:date>2012-03-31T23:03:05+09:00</dc:date>
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<title>うまくいかない日</title>
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<description>何事もうまくいかない日という日は、たまにある。 今週は、どうもそんな日の連続だ。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;何事もうまくいかない日という日は、たまにある。&lt;br /&gt;今週は、どうもそんな日の連続だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;先週金曜日からかすれた声とむせるような咳に悩まされ、医者にいけば、&lt;br /&gt;「花粉症じゃないですか」とあっさり言われる。&lt;br /&gt;一晩中咳に悩まされるから、特に朝方眠気がピークに達している。&lt;br /&gt;当然、まともな思考なんか、働くハズもない。早く開放されたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんななか、四月からお世話になる会社から、雇用条件見直しの連絡がきた。&lt;br /&gt;いま難しいお金の話はしたくない、のが本音。&lt;br /&gt;しかし先延ばしにできない事情もあり、明日明後日には雇用主と再協議。&lt;br /&gt;ああ、どうしてこうなるのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;婚活は婚活で、ファーストコンタクトの回答で初NGがきた。&lt;br /&gt;言われてみれば思い当たる節があり、とても残念。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;飲み会の二次会では、聞き役の先輩が怒り出し、「不愉快だ」と言い始める。&lt;br /&gt;そりゃ不愉快でしょう、聞き役になってくれるとはいうものの、当事者のひとりなのだから、主観を交えれば、それが自分にどんな影響を与えるか、考えますからねえ。だから話したくなかったのに、「聞き役になるから、話せ話せ」と言われて、話したらやっぱり不愉快になった様子。他人のことより自分のこと。&lt;br /&gt;やっぱり何も話さないのがよかったんだろうなあ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;何事もうまくいかない日。たまにある、そういうめぐり合わせの日。&lt;br /&gt;なんだか、お払いでも受けたい気分。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>gan_nosuke2007</dc:creator>
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<item rdf:about="http://real-gchan.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-58fe.html">
<title>忘れてはいけないこと</title>
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<description>渋谷の映画館で東日本大震災の記録映画「大津波のあとに」「槌音」を観た。 言葉を失...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;渋谷の映画館で東日本大震災の記録映画「大津波のあとに」「槌音」を観た。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;言葉を失う。何度も画像や映像はみているのに、震災直後に被災地を訪れて、被災者に最大限の気を遣いながら話しかける、レポートをするふたりの監督の息遣いというか、想いが、こちらにダイレクトに訴えてくる。忘れてはいけないこと、たった一瞬で目の前の普段の生活を根こそぎ奪われたという、人智を超えた自然の脅威。亡くなった人への追悼の思い。そして同じ言葉を話す、同じくにの仲間が、この辛い現実にいまも向き合っているということ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;阪神淡路大震災や、新潟中越沖地震など、これまでにも数々の震災被害を受けてきたのに、残念ながらこれまでの私自身は、どこか実感が湧いていなかった。まだまだこの国は体力もあるし、将来も安泰のはずだと根拠なく信じていたから、言葉は悪いが「他人事」だったのだろう。しかし、どうも今回は感覚が違う。&lt;br /&gt;これは厳しい現実で、あす我が身に起こってもおかしくない出来事なのだと。方法はいろいろあるのだろうけれども、これだけの自然災害の前に、人々がお互いに助け合う、それが最も普通の自然な姿じゃないか、と。そしてどんな形であれ、現実を受け入れて、乗り越えていかなきゃいけないのだろうと。&lt;br /&gt;今回の被災地の多くが、過疎化の進む地域であったことを考えると、震災で失われた家屋や生産設備、公共施設のすべてを、税金や民間資金で復興はできないかもしれない。福祉国家として、社会的弱者が過酷な環境にさらされ続ける状況は決して望ましいものではないけれども、では何ができるのか、ということは、真剣に慎重にローカルな実情に即して検討したほうがいいのではないか。残念ながら、この国の現状は、膨らみ続ける社会保障費のために、歳入の倍の歳出を繰り返し、借金が雪だるま式に増え続けてしまっている。たまたまいまは、民間に資産があるから国債が国内で消化されているけれども、いつまで続けることができるかは、わからない。ポピュリズムが、増税を模索するふつうの政府をことあるごとに転覆し、先送りを繰り返してきた。いまのこの状況は、ぼくらが自ら作り出してしまった、いわば自業自得であって、決して政治家だけが悪いわけでもなく、まして公務員だけが悪いわけでも、天下り先の企業が税金を無駄遣いしたからだけでもあるまい。&lt;br /&gt;もし、近い将来に東日本大震災と同規模ないしより大規模の自然災害に、例えば東京が、例えば名古屋が襲われたら、いまの財政状態では充分な復興国債の発行すら、できないかもしれない。仮にできたとしても、この日本という国の姿は、いまある姿と大きく変わっているのではないか。残念ながら、悪い方に、である。社会福祉はもとより、公共サービスまで大きく低下した姿に、我が国が堕ちていくかもしれないリスクを、東日本大震災の厳しい現実は、照らし出しているのではなかろうか。&lt;br /&gt;被災地が広範囲にわたる今回の大震災は、大変残念ながら復興まで長い道のりを要するかもしれない。もしかしたら、いくつかの町や集落が、地図の上から消えてしまうかもしれない。けれども、それは生き残った人々の希望をすべて失うことではなく、むしろ希望を実現させるための主体的で現実的な選択であってほしいと、わたしは願う。人は、そうやって生き残ってきたはずだから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;生き残ったひとりひとりの皆さんが、希望を失わず、それぞれの道をたくましく生き続けて欲しい、生きて語り続けて欲しい、ぼくらが決して忘れてはならないことを生きることで示し続けて欲しい。そんなことを映画を観て、この一年を振り返って、考えた。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>
<dc:subject>映画・テレビ</dc:subject>

<dc:creator>gan_nosuke2007</dc:creator>
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<item rdf:about="http://real-gchan.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-d9df.html">
<title>いまだによく理解できないこと</title>
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<description>現政権は、来年度の国家公務員の採用を大幅に減らす方針を固めたそうだ。これに対して...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;現政権は、来年度の国家公務員の採用を大幅に減らす方針を固めたそうだ。これに対して、若者いじめだとの意見もあがっているらしい。高給をもらっている中高年の国家公務員の給与を削減し、それを若者の給料に充当するべきだと記事は伝えている。&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-124559/1.htm&quot;&gt;http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-124559/1.htm&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いまだにわたしは、よく理解できていないのだが、お隣中国でも、高学歴の若者が希望の職種に就くことができずに大勢就職浪人しているという。ドイツ、イタリアなどのヨーロッパ諸国でも少なくない若者が学校を卒業後そのまま就職できずに、就職浪人しているという。一体全体、なぜ大量の就職浪人が世界のあちこちで生まれるのだろう。&lt;br /&gt;あるひとは、社会全体の人口に対して高学歴の新社会人を送り出し過ぎたからだという。例えば我が国の例をあげれば、20年前に比べて女性の大学卒業者数は約10万人から20万人に倍増している。男性の大学卒業者数は30万人前後とあまり変化ない。&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpwj200801/b0043.html&quot;&gt;http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpwj200801/b0043.html&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;そう考えると、高学歴に見合った求人が十分にこの国にはないのかもしれない。言い方をかえれば、高学歴に見合う待遇や処遇を、求人側が示せていないのかもしれないし、求職側が過剰な期待を採用側に求めているのかもしれない。もしかすると、全く異なる事情でミスマッチが起こっているのかもしれない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;若者の就職浪人が少なくないというような、ニュースを耳にするとき、必ずと言っていいほど企業の生産効率を上げることを前提にした議論になっているような気がする。すでに中年と呼ばれる歳になり、守りの姿勢に入ったと言われるかもしれないが、年齢層を基準に生産性の高低を論じることは果たしてできるのだろうか。もう少し踏み込んでいえば、労働生産性というグローバル基準で評価されているのは、実はごく一部の職場ごく一部の企業に過ぎないのに、あたかも我が国全体の企業や組織が、単一の評価基準で評価されると考えるのはいかがなものだろう。それは例えば労働者の団結の歴史からみれば、労働者の権利の敗北ではなかろうか。ちょっと考えてみよう。新卒者の給与は、勤続20年の職員に比べて確かに低額かもしれないが、熟練労働者という意味では異なってくる。また新卒者と勤続20年の職員を比較したとき、どちらが転職に対するハードルが低いだろうか。一部の熟練技術者などを除いて、新卒者のほうが、第二新卒の肩書きで転職できる可能性が高いのではなかろうか。労働生産性という基準が、新卒者を教育するコストや短期間で転職してしまうリスクまで織り込んで考慮されたとき、企業の意思決定は極めて外部から判りにくい仕組みとなるかもしれない。&lt;br /&gt;ではそもそも労働生産性の向上は、すべての組織すべての企業に必要かと問われると、必ずしもそうではないと答えたくなる。現大阪市長が進める地方公務員改革に意見するものではないが、公務員という安定した職種職業があるが故に、例えば障がい者雇用などを小さな町小さな行政でも取り組み事ができるのかもしれない。老人福祉の観点からみれば、勤務時間や勤務日数は少なくても、働くこと自体が社会とのつながりを実感し、自らの社会的役割を担うことで心身を健全に保つ効果をあげているかもしれない。これらは、労働生産性という単純なものさしでは評価できないものであり、評価するべきでない。無論、社会全体に活力がなければ、福祉自体崩壊してしまうため、一定レベルの効率化、省力化は進めるべきではあるが。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;どうもわたし自身、だれかの借り物の考え方をツギハギしているから、このような矛盾だらけの、全体感がいまだによく理解できない状態になってしまうのだろう。いや、自分のあたまで考えようとするから、よくわからない状態になるのだろうか。&lt;br /&gt;社会人として、まもなくまた新しいスタートをきろうとするところ、本当に新しいビジネスを探してくるのはとても難しいことであり、他人の作ったビジネスに乗っかってるほうがはるかに楽ちんなのだが、その楽ちんなはずのビジネスも絶えず変革しないことには、普遍化陳腐化して食えなくなってしまうかもしれないんだな、と実感する。安定志向のはずのわたしが、安定志向でない選択をしようとしている。すべては明日のため。明日、おマンマが食べられるようにするため。よくわからないのに、とりあえず飛び込んでみる。&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>gan_nosuke2007</dc:creator>
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<item rdf:about="http://real-gchan.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-5f74.html">
<title>「反原発」の不都合な真実</title>
<link>http://real-gchan.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-5f74.html</link>
<description>書店でタイトルを初めてみたときから気になっていた、「反原発」の問題点を指摘する数...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;書店でタイトルを初めてみたときから気になっていた、「反原発」の問題点を指摘する数少ない新刊、「反原発」の不都合な真実を読んだ。読む前に、あらかじめ気になっていたことを付箋に書いておいて、そのことに触れているかどうか、具体的な解決策を明示しているかどうか、気にしながら読んでいったが、残念ながら筆者は、意図的か意図せずにか、わたしの疑問に直接答ええる記載はしていなかった。&lt;br /&gt;しかしながら、いくつか同意できる記述もあり、なかなかユニークな著作であることには、好感がもてる。例えば福島第一原子力発電所の事故は、人為的ミスによる人災であり、原子力の平和利用そのものが危険であるものではないこと。また日本の原子力技術を評価する世界の国々は多数存在し、地球温暖化を防止し、世界各国の成長する電力需要をまかなうために、日本の経験を世界に技術移転・技術輸出するべきであること、最終的な核廃棄物の処理に「日本のように、自由に利用できる土地が少なく、政治的なリスクも大きいなら、（中略）人間が住んでいない膨大な土地が余っている国と国際共同プロジェクトを組めば、ビジネスとしてｗｉｎーｗｉｎの関係を築くことも可能」p168と指摘していること。これらは、いまから四十数年前に原子力の火を灯してしまった日から、ずっと検討されてきてしかるべきことなのに、安全神話と妙なタブーにより触れられることすらなかった。&lt;br /&gt;東京電力や国が、福島第一原子力発電所事故をめぐって責められるのは、それが天災による避けようのない事故だったと主張していることにあり、そうではなくて起こるかもしれないリスクに対して有効な手立てを講じてこなかった不作為が、責められるべき責任の所在ではないのだろうか？原子力発電所が立地する自治体も、多額の補償金とともに、十分な安全措置を講じますという説明を信じたからこそ、受け入れたのであって、それは国の責任です、いえ電気事業者である東京電力の責任ですと、当事者同志が責任のなすりつけ合いをする姿はなにより腹が立つことだろう。そして人為的ミスを防げなかったからこそ、二度とこのようなミスを犯さないためにどうしたらいいか、ということが問題となるべきであって、既存の原子力発電所すべてが人為的ミスを起こしているまたは起こす可能性があるから運転再開を認めるべきではない、という主張とは全く区別されるべきものだろう。原子力発電所立地自治体の首長が、これで安全だと明示して欲しいと主張しているのは、技術の安全性を担保して欲しいという視点はもちろんあるだろうが、それ以上に福島第一原子力発電所で起こってしまった事故のような不作為はないと、責任の所在を明確にして言い切って欲しいという意味ではなかろうか。残念ながら国も電力事業者も、この悪魔の証明ともいうべき、「ないことを証明する」術をもっているハズもない。だからこそ、政治から独立した安全審査機関の創設や、情報公開の徹底が必要なのではないか。それができないなら、たとえ日本中の原子力発電所が停止して、電力供給に大きな懸念がでたり、電力コストが大幅に上昇したとしても、そんなリスクは取れない、という選択を原子力発電所所在自治体や国民がする可能性は十分にあるのではないか。これは合理的な議論で、十分な情報を得るための手段であり選択であるとわたしは考えるが、著者はそこは意見を異にするようである。&lt;br /&gt;また人為的ミスだからこそ、技術を欲しがっている地域・国に、人道上国際法上の問題があるなどの事情がある場合を別として、技術移転・技術供与することは、理にかなっている。忘れてはならないのは、いかにして技術的安全性を保つかのみならず、人為的ミスを防ぐか、制度や仕組みの部分まで輸出していかないと、真の意味での輸出にはならないということである。加えて言えば、ある国ある地域が脱原発を進めることと、ある地域ある国が原子力利用を推進することとは、共存するべきものであり、だからこそ人為的ミスを犯して事故を起こした我が国こそが、しっかりとどこに問題があったかを世界に示し、それを改善する方法とあわせて提供することではじめて、極めてオペレーションリスクの低い原子力発電所が世界に立地されることになるのだろう。&lt;br /&gt;国際共同プロジェクトこそ、なぜいままで誰も具体的な動きをしてこなかったのか、その方が不思議である。言い換えれば巨額の補償金をあてにした、きな臭い政治的取引に終始してきたからこそ、いつまでも抜本的な解決策が見出されることなく、右往左往してきたのではないか。自ら「闇」を作り出して、利権に与ろうなどとするから、話がおかしくなるのであって、オープンにフラットに考えれば、国際協力という選択肢は十年前二十年前に実現していてもおかしくないではないか。これが政治の不作為でなくて、なんだというのだろう。&lt;br /&gt;筆者の主張に同意できない部分も数多くあるが、他方原子力発電推進をスケープゴートにしてしまう風潮にも歯止めがかかるべきだろう。おたがいの主張は、かみ合っていないし、いえば不毛ですらある。マスコミも政治家も、かみ合った議論を避けているようにすら見える。いったいなにが都合悪いのか。いったいどうしてこんなに同質的に、世論や社会が動いていく（動かされている）のか。とても気味が悪い。是非、本書の波紋が広がって欲しいものだとわたしは思う。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>gan_nosuke2007</dc:creator>
<dc:date>2012-02-25T00:56:59+09:00</dc:date>
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<title>産みたいのに産めない〜卵子老化の衝撃</title>
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<description>ネットのニュースで、NHKが卵子の老化を取り上げて反響を呼んでいると知り、久しぶ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ネットのニュースで、NHKが卵子の老化を取り上げて反響を呼んでいると知り、久しぶりにNHKオンデマンドを思い出し、２月１４日付クローズアップ現代を観た。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;lt;&lt;a href=&quot;http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-122311/1.htm&quot;&gt;http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-122311/1.htm&lt;/a&gt;&amp;gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;以前も同じようなことをブログに書いたが、女性も男性と同じように働かないと、キャリア形成ができないと思い込んでいたり、企業のキャリア形成ステップが女性の妊娠可能年齢を考慮していなかったり、はたまた四十代すぎても医療の進歩でこどもは産めると勘違いしていたり、と様々な事情や背景はあるにせよ、男性も女性も、年齢と共に妊娠可能性が低くなっていく、不妊の可能性が高くなっていくことにあまりに無自覚ではないか。&lt;br /&gt;ひととひととの出会いなんて、偶然でしかないし、そのひとと相性が合うか合わないかすら、つきあいを重ねていかないとわからないのに、３５までは結婚しないとハナから決めていたり、結婚してパートナーができれば、こどもはできると思い込んで、後回しにしていたり、誤解を承知で言わせてもらえば、どこかで誤ったメッセージを若い男女が受け取ってしまった結果としか思えない。医療も科学も、決して万能ではない。困難をどうやって克服するかを常に挑戦はしているけれども、それと高い妊娠可能性とは全くリンクしない。生きているということ、地球にいきる生命のひとつとして、限られた寿命をいきているということを、ぼくらはもっと謙虚に受け止めるべきだろう。偶然の賜物として、いまこの世に生きているということ、そして新たな生命を授かることは、また偶然であり、それは多少は介入することはできるかもしれないけれども、あくまでも自然の摂理が一番大事ということ。&lt;br /&gt;一方で、男女雇用均等法が施行されて、しばらくのあいだの女性正社員ならびに正社員になりたくてもなることができなかった女性社員の一部は、じぶんのからだの変化を振り返ることすらできずに、これまでの社会人人生を突っ走ってきて、いきなり厳しい現実を突きつけられたとも感じるのかもしれない。誰も教えてくれない。自己責任の名のもとに、仕事か家庭かの二者択一を迫られて、企業の論理に負けまいと奮起してきて、この仕打ち。誰を恨むでもなく、ただただ切ないのかもしれない。&lt;br /&gt;願わくば、男性も女性も、雇用側も被雇用者も、事実を知ることだろう。事実を知った上で、どう解決するのが最もお互いにメリットのある解決方法なのか、真剣に検討するべきだろう。なんども同じことをいうが、こどもは天からの授かりもの。ひとが自由に授かる授からないを選択できるものではない。いのちをコントロールできるなんて傲慢な考え方はもうやめようではないか。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画・テレビ</dc:subject>

<dc:creator>gan_nosuke2007</dc:creator>
<dc:date>2012-02-15T23:42:11+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://real-gchan.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-1150.html">
<title>はやぶさ　遥かなる帰還</title>
<link>http://real-gchan.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-1150.html</link>
<description>自宅近くの映画館で、「はやぶさ　遥かなる帰還」を観た。 もうすっかり涙脆くなって...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;自宅近くの映画館で、「はやぶさ　遥かなる帰還」を観た。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もうすっかり涙脆くなってしまったのか、途中二度も目尻に塩辛い液体が滲み出てきた。&lt;br /&gt;二十年間、ずっと一途にサンプルリターンを追い続けてきたって？しかもNASAの十分の一の予算で？それだけでも感動物語じゃないか。しかも何度となく苦難を乗り越えている。&lt;br /&gt;当初設計では想定外の使い方をせざるをえず、またビジネスと夢とのバランスに悩まされる、その葛藤もまた、共感を誘う。&lt;br /&gt;わたしは技術者ではないが、この十年、建築と施工という現実の世界と向き合ってきて、しかも様々な問題があって、いっしょに夢をみたとともに、残念ながら技術者の夢を叶えることができなかった、その場面をいくつも見てきた。また夢をみたエンジニアの友人が、外的な要因で夢を叶えられずに、別の職場へ移っていったのも知っている。一途に、真面目にやってきたことが、必ずしも評価されるとは限らず、世の中の変化に伴って、部署が他社に売却されたり、分野ごと研究開発から撤退したり、というのが民間の世界だ。飽きっぽいわたしには、到底向いていない職業だろうが、ひとつのことに夢中になれるエンジニアの世界は羨ましくもある。ましてその成果が世界で認められるなんて、夢のようではないか。彼らは間違いなく、ラッキーなメンバーだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この国は、こうやって技術や競争力を養ってきたのかもしれない。絶えず改良を繰り返して、諦めずに、なにか打つ手がないかと考え、リスクを承知の上でチャレンジしてきた。最近はどうも、行政だけでなく、政治家も一部の民間企業も、保守化が進んで、チャレンジすること、変わることを恐るようになってきたように見える。リスクを避けてばかりでは、成長はできない。短期的な費用対効果ばかりを求める、財務至上主義では、未来はなにも変わらない。一途に寝食忘れて仕事に取り組む仕事人間が、あるいは十年後の日本を、あるいは世界をあっと言わせる新たな世界を切り開くかもしれないのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;宇宙開発に限った話ではないが、こういう未来への投資が、例えばこの国にあると言われている１４００兆円の個人資産を活用して行われれば、どんなに未来が変わるだろうか。くだらない相続騒動を生むぐらいなら、と全国の資産家が遺言で寄付していってくれたら、まだまだこの国は成長していけることができるだろう。お金の使い方を知らない二世世代や不透明な政治による再配分に任せるより、ずっと効率的で公平である。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画・テレビ</dc:subject>

<dc:creator>gan_nosuke2007</dc:creator>
<dc:date>2012-02-11T23:01:35+09:00</dc:date>
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