カテゴリー「お仕事」の31件の記事

ある外国人投資家からみた地方の不動産保有税

ある外国人投資家から、地方の大規模画地にかかる不動産保有コストについて言われたこと。

なぜ、ほかに利用価値がない土地なのに、こんなに税金が高いのか。土地の所有者はそれで納得しているのか。この税金は過去20年間、ずっとこの高い水準のまま推移しているのか。土地の利用によって税金が下がる可能性はあるのか・・・

はい、言われることはごもっともです。例えばバブル崩壊以降いちども利用されたことがない土地なのに、造成された当時のままの値段が付いていたり、あるいは最近造成されたと口と同等の評価がなされていたり、納税者の立場からすればとても納得できない評価が営々と行われてきたのが、特に地方に多い不動産評価の矛盾です。
それは納税者が羊のようにおとなしいからではなく、地方自治体の財政が大きく不動産保有税収入に依存しており、利用がされていようがいるまいが、大きな土地を保有することができる所有者はそれだけ納税負担力があるとみなして(応能原則?)課税されるという税制がなされているために起こっている矛盾です。ただ、それを説明したところで、外国人投資家には関係のないことで、高い不動産保有コストにより事業採算性が悪化するから、その自治体の不動産には投資しない、というだけの話。

まったくグローバルスタンダードで投資が動くようになっているのに、日本国内事情で起こっている矛盾が解消されないとなると、益々投資マネーが日本から逃げていくのではないだろうか。結局、困るのは誰かしら?
お金はそこにあるのに、投資されない。このギャップはなぜ生まれるのだろう。不景気だ不景気だと言う前に、どこかで誰かが景気のブレーキを踏んではいないか、振り返ってみたほうがいいのではないか。

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表通りと裏通りの利回りについて

東京都内のある高度商業地の話。表通りのキャップレートが一般に4%から4.5%程度と言われる超一等地の裏通りのキャップレートは、果たして同じ利回りを適用できるかどうか。

実際の取引マーケットは、例えば賃料水準に代表される収益力格差にもよるが、絶対に同じではないと断言できる。それは、例えば代替テナントの継承のしやすさであったり、テナント退出リスクの大小であったり、なによりテナントの与信力の違いであったり、という要素があるからと考えられる。他方、たとえば財団法人日本不動産研究所が実施する不動産投資家調査では、エリアと用途でアンケートが取られており、表通り裏通りの差異については触れられていない。他の類似の調査においても同様である。
果たして、表通り裏通りの収益価格の差異は、賃料に凝縮されていると言いきってしまっていいものかどうか。きちんと収益事例の収集を続けていけば、おのずとわかることだろうが、そのまえに取引実態がどのようになっているか、不動産鑑定評価ではきちんと考慮するべきではなかろうか。
つい数年前、全く逆のロジックで開発資金の融資をレンダーに申し込みに行っていた事実は、ここでは棚に上げさせていただいて、ありえないほどの評価額のばらつきがみられる不動産鑑定評価に、一定の収束がなされることを強く望む。

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夢から覚めない人

今日、ある外資系ファンドの運用会社へ面接に行った。最初の面接官が話した内容で、「ああ、またか」と思わされる。オポチュニスティックな私募ファンドを組成して、年利10%を稼ぐような不動産の売買を、あらたなビジネスチャンスにしたい、ひいては物件のアクイジションができるひとが欲しい、という内容だ。だったら、そうやって募集してよ、と言いたくなる。
約半年前、自分の口は自分で糊出来る自己完結型の人を募集していると聞いたときは、このひとはなにを話しているのだろう、そんなひとは求職活動なんか絶対にしないよ、自分で商売するよ、と考えていた。この外資系ファンドの運用会社も大同小異だ。ファイナンスがつかない、違法建築物件や低稼働物件を買ってきては、遵法性担保するためのリノベーションかけたり稼働率をあげたりして、エグジットするという。そのマーケットがどれだけ競争が激しくて、かつ利幅が減っているのか、理解しているのだろうか?猫も杓子も、ビジネスチャンスを求めて、マーケットに参入しているのに、従来型のビジネスにこだわっていては、焼畑農業でしかない。しかも出来高制で、雇用しますと?一体何を考えているのか、疑いたくなる。日本の経済が新興国と同じスピードで成長すると、間違えて信じているのか。それとも自分だけは他者と差別化して、必ず儲けられると信じているのか。
いずれにせよ、このオポテュニスティックファンドには成長性も発展性も感じない。この会社と縁がなかったとしても、それはそれであきらめがつく。下手すると二年持たないビジネスモデルに40代の貴重な時間は費やしたくない。
この方々とは無関係だが、いまでも日本や東京の成長を信じて疑わないひとが多いのには、正直驚きを隠せない。東北新幹線新青森駅の駅前造成地がさっぱり売れていない、とか、都心部の地上げ途中の土地はいずれ地上げが再開されるとか。これらの方々にはコスト意識が理解できないのだろうか。地方の造成地で、たとえ駅前であっても坪20万円で買い手がつくはずがない。市中の土地が4,5万円で取引されているのに、わざわざコストをかける理由がないからだ。坪10万円でも手がでない人や企業が多いだろうに。その一方で造成工事にかかるコストは、低コストのものもあるだろうが、坪10万円前後かかることは少なくない。坪12,3万円で売るのは、原価回収のために最低限のラインだろう。ならば、新規の造成工事は着手しない、というのが通常の経済原則で、不動産の鑑定評価でいうところの原価法の考え方ではないのか。しかし、新青森の駅前に限らず、理解できない土地区画整理事業や都市再開発事業は後を絶たない。いったい何がしたいのか。
地上げに巨額のマネーが動くのは、高値で買収してもコストが合うからである。いまのご時世、高値で買収して採算が合うような再開発用地は残り少なくなっている。当たり前だ、デベロッパーが血眼で生き残りのために探して歩けば、リスクの高い物件だけがマーケットに残ることになる。高リスクでも成功すれば、確かにリターンはあるだろう。しかし高リスクの商売だけに特化することは普通の会社はできない。すなわち勝負をかけたくても、スポンサーは否応なく減っていく。日本の不動産マーケットについて、海外の投資家に認識が広がれば広がるほど、日本の再開発事業に関するいびつさもリスクとして認識されることだろう。それが虫食い土地の選別を進めることになる。こうなると、「地下げ」すなわち、隣接地を買い増して広げてきた事業地を、バラバラにまた分割して処分していく、というフェーズをいくつかの虫食い土地は迎えることになるのだろう。当然、原価割れの状態でである。

過去の成功体験に頼ることを否定はしない。しかしいまの日本の不動産マーケットで、従来型ビジネスの延長線上で新規ビジネスの勝負をしようとすることほど、投資戦略に乏しい判断もあるまい。差別化は、どう考えているのですか?その質問に明確な答えは残念ながら返ってこなかった。これから何人もの応募者が面接にくることだろう。他の応募者は、このオーダーに何を感じるのだろうか。いっしょに戦場で戦う気のない司令官にわが身を預けられるほど、お人よしにはわたしはなれない。

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ある大手企業の横暴

今日は、ある大手企業の横暴にあきれて、早々に会社を後にした。
そもそもは、ある大手企業が物件を購入してくれることになったことから、話は始まる。民事再生企業だから、ほとんどすべての保有物件は、資金繰りのため抵当権などの担保が設定されている。この企業が購入してくれることになった物件も、ある金融機関の抵当に入っている。ようやく決済に向けて動き出したというのに、この大手企業の法務担当者は、なんと金融機関への弁済金相当額を銀行振出の自己あて小切手、いわゆる預手で払いたい、といってきたのだ。
不動産取引で自己あて小切手を利用する買主にとっての大きなメリットは、決済で着金確認のため待たされる心配がないことにとどまらず、万が一所有権移転登記や担保権抹消登記を妨害するような登記が、決済当日の決済確認後に発覚したとしても、自己あて小切手を振り出した銀行に連絡することにより、「資金化」を止めることができる、と上司から聞いた。確かに自己あて小切手の決済代金は、買主から自己あて小切手の振出銀行に移転しているとはいえ、自行にて自行の預金口座に入金処理するのではない限り、通常の手形・小切手と同様に資金化には「若干の」時間を要する。二営業日だったろうか。そしてその間自己あて小切手の決済金は、自己あて小切手の振出銀行に開設されている別段預金と呼ばれる銀行名義の預金口座で預かっている状態になる。金融機関と対等以上の関係にある大手企業なら、金融機関に対して「圧力」をかけるということもできなくはない。この場合、当然であるが所有権移転登記、抵当権抹消登記を妨害する、詐害的な登記が新たに付されているなど、相当な理由が必要であることはいうまでもない。
逆にいえば、抵当権を抹消する担保権者である銀行にしてみれば、「資金化」できないかもしれない他行振り出しの自己あて小切手を弁済金として受領することはありえない。あったとしても、「資金化」を確認してから担保権抹消書類を手交するなど、保全措置を講じて対応する。よってこの大手企業の法務部が、「売買代金は自己あて小切手で支払います、担保権は自己あて小切手受領時に手交してください。」といったところで、まともな銀行員は相手にしない。「おととい来てください」という話だ。
この大手企業の法務部ご担当者様は、相当程度法律論には詳しいのだろう。確かに、その大手企業にとっては最もリスクの少ない決済方法ではある。しかし、ビジネスの場において、必ずしも自らのリスク回避だけを追求できるわけではないことを、この担当者はわかっていないのではないか。ときどき、弊社と取引しようとする相手方の中に、わたしたちが「まともな」営利企業だと勘違いして、まともなことを言ってくることがある。しかし残念ながら、わたしたちは民事再生を申請して、再生計画に従っていずれは解散を予定している清算企業である。ちっともまともではない。だからいろいろと不都合なことを「呑み込んで」頂かないと不動産取引自体が成立しないのだが、わかっていただけないことが少なくない。わたしたちがまるで詐欺師や犯罪者の集団のように、法律構成して向かってくる企業は一社や二社ではない。残念ながら、世間様にご迷惑をかけた立場である以上、耐えるべきところは耐えなくてはならない。しかし、だからと言って買い手は傍若無人に金融機関に対して交渉できるわけではない。これを「あきれた」と言わずしてなんというだろう。
明朝、出社してもまだ不毛な交渉を続けているのだろうか?誰もがその名前を知っている大手企業が、こんな交渉をしているなんて、普通のひとはどう思うのだろう?ときどき、弁護士を含む法律家はビジネス的にはおかしなことをいうが、今回もその一例なのかもしれない。

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最劣後はタダ?

仕事でこんなことがあった。テール期間を迎えているあるSPCの匿名組合出資を「タダ」で譲ってほしいという。
案件の概要はこうだ。資金調達は、アモチ条件付きのローンと優先匿名組合出資および劣後匿名組合出資で構成されている。ローンの当初設定期限を一年も経過しており、売却活動も思わしくないことから、レンダーがロールオーバーを検討しているという。当然、バリューが下がっているので、一部繰り上げ返済をロールオーバーの条件にしようとしている。案件は特殊な収益不動産であり、十数年のちには収益を生まなくなる。しかし、いまは遅れることなく、また賃料減額されることなく順調に収益を生み続けている。テール期間に入り、収益の配当は金銭消費貸借契約に従い停止されているものの、これまでは毎年相当程度の配当を受けている。
こちらは民事再生企業だから、匿名組合出資を譲り受けていただけるのはありがたい話である。ただし、「タダ」なのか、と考えるとどうしても合点がいかない。デフォルトして終わりなら、タダでも仕方あるまい。しかし収益を生み出し続けている収益不動産を証券化対象資産とする匿名組合出資は、ロールオーバーにより新たに収益を生み出す可能性はないとはっきり言い切れるだろうか?ひょっとしたら、配当金額は将来減るかもしれない。いままでの配当を前提とした価格算定は成り立たないかもしれない。他方、ローンが減額されたうえに金利が同じであれば、SPCの毎期損益計算はプラスになるはずである。すなわち劣後TK出資といえども配当を受けられる可能性が高くなる。将来、配当を受けられる可能性がある資産を「タダ」で手放せば、監督委員のみならず、他の債権者からの誹りを免れえない。
おかしなことに、このアセットマネジメントを受託している会社の代表が、このロジックを全く理解してくれない。第三者売却なら劣後TKの価値は、本当に「タダ」かもしれない。それはマーケットに左右されるからである。他方、特殊な収益不動産であるがゆえに、収益はほぼ確実に生まれる。ただしそれは原価の回収を含む収益なので、注意が必要だ。分配される期限が決まっている収益は、マーケットプライスがなくても、理論値での売買も可能となる。(賃料収入などの条件が変わらないことが前提だが。)なのになぜゼロなのか?理解に苦しむ。

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民主党マニフェストにびっくり

友人に教えられて民主党政策集INDEX2009をみて、びっくりした。
http://www.dpj.or.jp/news/?num=16667

なんと「一つの業者が売り手と買い手の両方から手数料を取る両手取引を原則禁止とします。」と書いてある。(41ページ)これによって、どれだけ多くの不動産仲介会社が倒産の危機に直面するか、この方々は理解しているのだろうか?また大手不動産会社の決算でも、収益不動産の売却による収益増加が、不動産仲介部門の不振で食われてしまって、実際には減益だったり微増だったりする事実を知っているのだろうか?
ネットで検索すると、多くの不動産業者がこの事実に気がつき始めたようだ。ふと気になって根拠条文を調べてみると、宅地建物取引業法第46条は、媒介報酬について「国土交通大臣の定めるところによる」としており、「宅地建物取引業者が宅地または建物の売買等に関して受けることができる報酬の額を定める件」という昭和45年10月23日付建設省告示1552にて「依頼者の一方につき、それぞれ」となっている。ということは、国土交通大臣が告示すると、民主党の言うように「覆る」ことになりそうだ。
そもそも両手取引を規制しなかったのは、たとえば、一般の住宅市場のように同一の不動産業者に、売り手と買い手がそれぞれついてしまうことがしばしば起こるので、いわゆるプロの市場では「自発的に」片手取引になるだろうことを期待して、それぞれから仲介手数料を受領することを容認したと解釈することもできる。しかも法律は「以内とする」と規定しており、実際に仲介手数料を3%未満で仲介する不動産業者は出現している。それが一般化しないのは、業界の「既得権」を温存しているだけであり、また極めて地域限定的、排他的な業界風土そのものにあるといってさえいいだろう。したがって、民主党の政策集にある、両手を片手に、は現在の業界の問題を複雑にするばかりであり、民主党の意図する中古不動産取引の活性化に資するとは、とても思えない。むしろ不動産業者間でお互いの情報を交換し合う、「不必要な情報交換」「顧客の交換」が発生して、必ずしも顧客の望む物件が手にはいるとは限らなくなる恐れも発生するのではないか。その意味では、いままで国土交通省が推進してきた、取引情報の透明化、公開化のほうが国民生活における不動産取引にはるかに資することになると、私は思う。
さらに、あえていえば不特定多数の投資家を対象とする商品の運用を目的とする、不動産の取得に際しては、宅地建物取引主任者の責任を重加算するべきではないか、と思うことがある。残念ながら宅地建物取引業を長く営んでいても、越境物や適式な境界確認の意義を理解していない、おそまつな取引主任者を何人もみてきた。ストラクチャーもの特有の表明保証義務やリスク認識についても、同様である。不動産証券化協会が主体となって、不動産証券化マスター制度をスタートし、業界全体の知識向上、モラル向上に努めているが、残念ながら業界全体に影響を与える動きにはなっていないようだ。しょせん、「担当者」のレベルがあがるだけで、経営者や意思決定者の意識が変わらないことが、一つの要因のように思えてならない。それが「胡散臭い」と思われる不動産業の実態のひとつであり、高額の仲介手数料をめぐる「モラルなき戦い」を生んでいる。そういう意味では、不動産業者全体の監督機関を、国土交通省単独から金融庁との共管にするほうが、よほどましであるし、その意味で、たとえばすでに国土交通省と金融庁の共管になっている、不動産証券化マスター制度の公的位置づけを早期に明確化するべきだろう。
つくづく民主党政策の「底の浅さ」を見てしまった。現在の与党が手放しにいいとは思えないが、こんな程度の政策しかつくれない政党に政権をまかせていいのかと、思いたくなる。ほかにも変な政策がないかどうか、少し読み込んでみたい。

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林正義教授の記事に思う

平成21年7月15日付日本経済新聞の経済教室に掲載された、林正義教授の記事を読んだ。林正義教授は、専門である公共経済学の分野を中心に積極的に意見を公開されている活動的な方であり、以前から何回か意見を読ませていただいた。
しかしながら今回の記事は、どうにもすっきりしない。「社会保障財源として、固定資産税の活用検討を」とあったので、なにか勘違いではないかと考えたからだ。氏は、「固定資産税は地域的な偏在が小さい」と記事で伝えている。統計データは、確かにそうなっているだろう。しかし事実はだいぶ異なるのではないか、というのが私の持論である。
人口五万人にも満たない、ある地方都市で、その地方都市の経済力からは過剰と思われる床面積の多い事務所ビルを売却したときのことである。築年数はまだ十年あまり、再建築コストはゆうに一億円を超えると試算される。当然固定資産税も高い。しかしその街の経済力ではだれひとり使いきれるひとがいなかった。売却するためじりじりと売却価格を下げてゆくがそれでも一年半以上購入希望者は現れなかった。結局その物件は、地方都市の公共団体が購入した。建築費から比べても固定資産評価額から比べても、あきらかに格安な価格で、である。これはなにを意味するのだろう。
人口が減少している多くの地方都市では、住民税や法人住民税の減少等により、すでに固定資産税が税収の多くの割合を占めており、これを保つため固定資産評価額を引き下げない処置をとっているのではないか、と私は考える。優遇税率もない、税額の控除もなし、すでにある資産にはすべて課税する。そうしないと公共サービスを維持することもままならないのではないか。財源の豊かな、たとえば東京都は商業地の固定資産について負担調整率により課税標準額を小さくしている。豊かな地方都市は、固定資産税に頼ることなく、むしろ競争優位を確固たるものにするために、固定資産税を低く抑えたままにすることができるのだ。都市間競争にさらされる地方都市が、固定資産税率を引き上げることは自滅行為ですらある。他方、東京都もまた、国際間の都市間競争にさらされており、過度の固定資産税引き上げは、賃料の値上げを通じてグローバル企業の東京からの撤退を招きかねない。氏は、この背景をどのように考えているのか。
もし固定資産税の税制を改正するとしたならば、ポイントは大きくふたつあると考える。ひとつは大都市と地方都市との絶対的税収格差の問題をどのように解決するのが望ましいか、地方交付税とは別の枠組みで、地方自治体自体が考える局面に来ているのではないか、ということ。いまひとつは不動産の収益力格差を固定資産税課税に反映させるよう、所定の見直しを行うべきである、ということ。
ひとつめは、たとえば大都市の固定資産税課税には減免を行わず、徴収された税額の一部を地方自治における経常的な支出の補てん(公共病院の維持や学校教育の維持など)に限って支出することができるプール資金とすることで解決できる。これは国が関与する必要はない。地方自治が経営破たんしないための、互助ルールである。
ふたつめは、災害時の輸送交通手段を確保し、かつ災害被害の軽減ならびに都市の生産性を向上させ、または維持管理不能な余計な固定資産を早期に除却させる目的で、固定資産評価の原則を、地域の実情に即した収益力に基づく固定資産評価に統一し、この例外として小規模宅地の軽減ならびに中小中堅企業の生産設備、流通設備等に一定の減免を与えるべきである。現在の制度でも、大規模画地補正などの項目は存在するが、必ずしも適正な割合を反映するものではない。それは収益価格による評価が一般化したこの十年間の変化を税制が取り入れていないことに起因する。従前、取引事例に基づく価格評価が一般的であり、隣接する土地の評価が大きく異なるのは納税者の理解が得られない、という理由で収益価格による評価には踏み切れていないのかもしれない。しかし徴税の原則は、土地の収益性に基づくものであるべきであり、本来その土地の持つ収益性を低利用または未利用の状態を継続することにより、不当に低下させている場合は、再開発を促す意味でも固定資産税を大幅に引き上げるべきだろう。その結果物納が増えるのであれば、公募により再開発事業者を募ればよい。再開発が必要な土地には、それなりの政策が不可欠である。またそのようにして再開発された土地ないし建物には、一定期間の固定資産税減免というボーナスがあってもいい。高度利用をするべき土地には、それを推進すると同時に、「将来の税収」を産んでもらわなければ。
固定資産税は、景気変動の影響を受けにくい。言い換えればビルやアパートのオーナーは、入居率の低下や家賃の値下げにより、景気変動の影響をダイレクトに受けることになる。それでも他の資産に比べれば不動産経営は安定収入であるといわれている。いわば不動産収入は、来るべき高齢化社会を維持するために社会全体が共有するべき、貴重な収入である。ならば都市部の固定資産税収入を減額することなく、地方自治特に地方の社会保障を維持するために使うのは、大変意味のあることではないか。
氏が指摘する、さまざまな仕組みを簡素化することを否定するものではないが、それ以上にいま都市と地方が、どのような状態に置かれていて、どのような解決策が求められているか、それらに踏み込んで論考を進めてほしかったと感じている。

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借家権と立退料

久しぶりに協会の研修に参加してきた。主催者によれば300人の定員に333人の応募者があったそうだ。さもありなん、借家権の評価のように、係争案件の評価か証券化対象不動産の評価のように、社会的必要性が認知されやすい評価が、公的機関に代わって今後の主な受注先になるだろうから、いまのうちに知識を蓄えておきたいのは、みな同じだろう。しかし、これがまた厄介な評価でして。
不随意の明け渡しに伴う借家権評価、いわゆる立退料の評価は、不動産鑑定評価基準にはわかったような、わからないような評価のう方法が記されている。それで実際どうするの?というところはクエスチョンのまま。ただしデベロッパーという、開発を目的として時として明渡交渉も辞さない立場にいたおかげで、「不随意の明け渡しに伴う借家権評価」には、なじみが深い。ゆえに裁判上、収益価格控除方式を指して、「基本的には取り壊しを目的とするもの」と扱っているのは非常に納得がいく。
収益価格控除方式とは、
(自用の建物およびその敷地の価格-貸家およびその敷地の価格)×所要の調整率
として試算価格を求める方式をいう。
デベロッパーは、「自用の建物およびその敷地の価格>貸家およびその敷地の価格」が成り立つからこそ面倒な権利調整を行う。それは自用の建物およびその敷地に、取壊し最有効使用という概念があるからこそ、成立する不等式であり、現在の建物取り壊し後の土地利用が「貸家およびその敷地」となることと、なんら矛盾しない。不等式が成り立たないとすれば、それは事業として失敗である。デベロッパーが将来の需要予測に基づき事業を行う以上、ある程度の予測ミスは避けられないが、経営に致命的な影響を与えない範囲にとどめることはできる。そのシナリオを鑑定評価が「裏付け」できないとすると、やはりその事業の事業採算性には疑問符がつくだろう。
研修会で気になったのは、明らかに回帰分析結果より高い事例の分析がなされていないことである。実務では、たとえば一棟のビルで一番最後に交渉が残った相手方の立退料は高額になりやすい。なぜならばデベロッパーにとっての事業利益実現可能性が、その時点ではほぼわかっているので、正常価格ではない限定価格的な考え方、すなわち事業利益の立退料への配分を具体的に検討しやすいからである。当たり前のことであるが、たとえ最後の一件になっても、今日のように市況が低迷して事業採算性が悪化している場合や、事業主体に事業遂行能力がなくなった場合は、上記の考え方が必ずしも当てはまらない場合もある。しかしその場合は、すくなくともデベロッパーが行う開発案件については、事業内容の見直し等により、借家権の評価、立退料の算定が依頼されない。それは民事再生申請という局面を経験して、よく理解した。世間の常識は、一件でも明け渡し合意していない入居者がいれば、貸家およびその敷地であり、デベロッパーの想定するシナリオを採用しない。よって最後の一件の借家権評価は、より慎重でなければならないだろう。
余談だが、区分所有法の建て替え決議が人数と議決権割合との一定以上の合意でなされることができるようになったのに、明らかに耐震補強や取り壊し再建築が望ましい建物に固執する入居者への「公共の福祉」の観点からの、退去明渡手段は、いまだ確立されていないように思える。財産権への干渉になるからであろうが、災害対策という点では大いに問題ありというべきではないか?低所得者など社会的弱者への配慮をしつつも、災害に強いまちづくりは進めなくてはなるまい。その意味では、保留床などの高度利用による経済的価値の向上を前提とする市街地再開発事業ではない、たとえばフィービジネス型のデベロッパーが参加する再開発などを検討するべきだろう。
借家権評価も、立退料の算定も、まちにひとがあつまることを前提とした評価かもしれない。ならば人口減少地域でのまちづくりではどうなるのか。すでに国民の人口を20%も上回る住居がインフラとして存在するといわれている。それが空き家になっているということは、たとえば火事の火元になったり、不法占拠されたり、維持管理が劣悪で倒壊の危険がでたり、などの問題が起こりうる。住んでいない老朽化した空き家を所有しているひとが、生活が困窮しており取り壊すお金がない場合は、誰が壊すのだろう。放置なのだろうか?

そろそろ「まち」あるいは社会資本という全体をとらえて、どのように利用するのが、どのように利用するルールを決めるのが、一番国民の福祉に寄与するのか、考えるべき時がきているように思える。

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バルクセールの真相

またどこかの夕刊誌が、バルクセールの価格が安いことを問題視して記事を組んでいるようです。「安すぎる!」そりゃ安いでしょう。どうして安いか、どうして安い値段でも売り主は手放したがるか、考えたことありますか?
不動産を売却するには、時間とお金がかかります。例えば買いたいというお客さんが来て、現地を案内するにも、人件費のほか交通費、資料代、電気代などがかかります。一回の案内で売却先が決まることなどまずありませんから、少なくとも数回場合によっては数十回案内することもあります。オフィスから近ければいいのですが、たとえば保養所はたいていリゾート地にあるので、一日仕事です。不動産を所有していると、固定資産税のほか、維持修繕費、保険料などがかかります。不法侵入に備えて、機械警備を契約したり、水道設備の維持管理費用を負担したり、町内会費を払ったり、とお金がかかる項目には事欠きません。その不動産が収益をあげていたり、その不動産を自家使用しているならば、それでも構いません。所有者は経済的利益か便益を受けているのですから。他方、使っていなかったり、使っていても赤字なら、趣味で所有しているのでもないかぎり、早くキャッシュに変えたほうが経営には合理的です。個人でも、使わない家を所有する積極的理由はないでしょう?同じことです。
文化財だったり、地域振興だったりの理由で、所有を継続するのは、お金に余裕がある大企業の話。たいていの企業は、そんな余裕はないから、早く、高く買ってくれるところに売却したい。ポイントは、「早く」買ってほしい、できれば全部まとめて面倒見てほしい、専属の売却処分担当者を雇用しておく人事の余裕はないから、全部おまかせでやってほしい、というところ。バルクセールは、ほぼ十年ほど前から、多くの金融機関や保険会社でもやっていた話。そのときその企業の株主や債権者は、「安すぎる」と文句を言っただろうか?
日本郵政の話に限らず、「おいしい」話の、おいしいところだけを取り上げて、さも誰かが得をするように利益誘導したような記事が世の中に多くてうんざりするが、世の中そんなにうまい話があるわけがない。あれば競合他社がわんさか群がってきて、あっというまに「適正価格」が形成されるか、談合になるかのどちらかだろう。ほぼ十年前から全国のリゾート地を含むマーケットが形成されているのに、そして大手ファンド会社などは、その過程で得た有力不動産屋ネットワークを構築していて、値付けではほぼ間違いない「札」を入れられるようになっているのに、わざわざ「談合」するだろうか?談合するメリットは、限りなくゼロなのではないだろうか?むしろ初心者がマーケットプライス以上で落札してしまい、「しまった!」というケースのほうが多いのではないだろうか?
失礼を承知で言えば、バルクセールは売る方も買う方も、思惑をもって交渉し売買されることが多いでしょう。落札しておいてやっぱりやめた、となると売り手が残念がり、買い手が損を回避できることもあります。いくらデューディリしても、初心者はしょせん初心者で、間違えることもあります。もうそろそろ、バルクセール自体をいかがわしいものとみなすような、低レベルな話は終わりにしてほしいものです。「福袋」を買わなかったひとが「福袋」を買ってもうかったひとを羨むようなものなのだから。

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監督委員の同意

普通、民事再生の申し立てをして、裁判所に受理され民事再生手続きを開始した企業は、すべての財産処分について裁判所が選任する監督委員の同意を取得しない限り、財産の処分を行うことができない。債権者集会の合意形成前に監督委員の同意で、財産の処分が認められるのは、民事再生の申し立てをしたからと言って企業として清算手続きに入るとは限らず、従業員給与はじめ、現金支出を伴う企業活動は継続しているので、その実務上の便宜を図り、かつ債権者の保護を図るため、監督委員の同意を得て財産処分ができるとしているものと理解している。
それはいいのだが、民事再生手続きのアドバイザーが、清算を予定している会社の現金支出について、監督委員の同意をえないでなんとか払い出しの契約ができないか検討しているときいて、あきれてしまった。民事再生申請代理人を務めるアドバイザーは、民事再生法の法理は十分に知っているはずなのに、あえて同意を取得せずに「勝手に」財産処分をしようとするなんて、いったいどういうことなんだろう?法の下にすべての手続きを行うべき過程において、その法理をゆがめてまで、クライアントに阿る弁護士の姿は不自然に思える。同じ弁護士でも小さな弁護士事務所の弁護士ではなくて、大きな事務所のパートナーまで勤めるような弁護士になると発言力が違うということなのだろうか?こういう仕事は、弁護士の懲戒請求事項にならないのだろうか?
法の定めるところがすべて正しいとは思わない、ある意味伸び縮みする「基準」で物事を柔軟にとらえる傾向が私にはあるが、それにしても明らかに継続的契約関係を、清算を予定している企業が新たに締結しようとしているのに、監督委員の同意なしに契約締結するなんて、そのロジックや法的な鈍感さという意味での神経が理解できない。いったい、なんのための監督委員なのだろう?法的に知識がないせいなのかもしれないが、私には集団脱法行為にしか思えない。そしてそれを誰にどのように訴えていいのかもわからない。誰も得をしないのに、どうしてわざわざ、そんな道を選ぶのだろう?
弁護士という職業そのものに不信感を感じてしまう。法の、文言だけをみて、法理を無視して表面的ににしか取扱いしなければ、およそすべての法的事象は、明文化するか判例を下すか、どちらか示されない限り「なんでもあり」になってしまう。それでいいのだろうか。それで経済活動の公平性、安定性は担保されるのだろうか?法の趣旨は満たされるのだろうか?
私は弁護士でも裁判官でもないが、法が目の前で「捻じ曲げられている」、それも法の専門家によって捻じ曲げられている現実に頭を抱えている。

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