ふと思い立って尾瀬に行ってきました。いままでただの一度も行ったことがなかった尾瀬。なぜ行かなかったか、特段理由はないが、強いてあげれば面倒だったことか。登山用のもろもろの装備を準備したり、山小屋の予約したり、さっと行ってさっと帰ってくるイメージがどうしてももてなかったり。今回それでも尾瀬に向かったのは、昨年初夏に行こうとしていろいろ準備したものがあったことと、週末の天気に恵まれそうなこと、そして一番大事なことが有給休暇を取得できそうだったこと。
夜行バスで尾瀬に向かうのであれば、急にキャンセルになっても、それほど面倒でなかろう。山小屋は、いろいろ準備してくれているのに、急なキャンセルは迷惑この上ない。幸い前日でも申し込み可能とパンフレットに書いてある。それならば、と思い立つ。
当日は、雲ひとつない快晴であった。全くの初心者である私は、鳩待峠から山ノ鼻へ向かい、竜宮十字路、ヨッピ橋をとおり、山ノ鼻へ戻り、鳩待峠から帰るコースを選んだ。鳩待峠午前5:20着。多くのハイカーでにぎわう山小屋周辺で、一人参加の私は、さていつ出発したものか、そこから迷う。とりあえずトイレに並び、用を済ませて、朝ごはんとして温かいうどんをすすり、それから出発。
前日朝から軽登山用の靴を履いていたせいか、心なし靴擦れの気配を感じる。が、「気のせい、気のせい」と割り切って足を進める。滑りやすい石の階段。しかも濡れている。これは靴を選んで正解だった。願わくば、この靴が足と一体になってくれれば、もっといいのに。狭い道を、とにかく大勢の人が歩いている。ズボン下を履くために立ち寄った鳩待山荘の方がいっていた。「今日と明日は尾瀬がもっとも混む日だよ」と。普段は、そんなに人がいないのだろうか。それにしても、ずっと列を成して歩いているさまは、都心部の桜の花見みたいだ。皆、考えることは同じということなのだろう。
山ノ鼻で若干の休憩の後、歩き始める。歩く人の数は、また一段と増えている。ミズバショウが群をつくって咲いている。きれい、と思う前に「おいしそう」と思ってしまうのは、熊の好物がミズバショウの実だと、ビジターセンターでみたばかりかもしれない。振り返ると至仏山が、雪をたたえてそびえている。ミズバショウと、至仏山とのコントラストがとても鮮やかできれい。何人ものビジターが写真を撮っていた。私も一枚。
この風景を見て、「ああ、尾瀬にきてよかった」と思うのかもしれない。これはきれいだ。この風景をまた(来年も)みたいという気持ちは、よくわかる。ただ花がきれいだということじゃない。これは自然がつくりだす、壮大な絵画だ。
これはリュウキンカという花らしい。ミズバショウに混じって華麗な花をつけている。
そしてその花は、せせらぎのある場所に沿って、まるで花の道のように咲いている。
尾瀬は湿原だと聞いていたが、実際には雪解け水が少ないのか、かなり乾燥しているように見えた。湿った土という程度か。池になっているところは、覗き込むと深さが2M近くはあるように見えるが、水が澱んでいる箇所も数箇所、いや十数か所みられた。カッコウとカエルの鳴き声が、交互にいや混じって聴こえ、水が澱んでいるのはカエルの卵かとも思ったが、それにしては人間が持ち込んだ人工的な油のようにも見え、自然を守ることの難しさをみせられた気がする。
尾瀬のトイレは有料制。正確にはチップ制であり、私も一回百円のチップを数回払ってきた。そりゃ大変でしょ。年間数十万人も来る観光地でありながら、周囲を山で囲まれていて、人手に頼るより他にトイレを維持する方法がないんだから。ごみは持ち帰りましょう、とか、梅干の種を捨てないでください、とか、当たり前といえば当たり前のことなのだろうけど、尾瀬を守ろうとしている人の息遣いが伝わってくる。
尾瀬にまた行きたいと思う。しかしその前にもう少し体を鍛えないと。帰り道、両足の小指に出来た豆に苦しんだ。歩けないことはないが、歩きづらい。鍛え方が足りないということだろう。いずれ屋久島の屋久杉を見たいと思っているが、これも体を鍛えてから。翌日は、ほとんど寝てすごすぐらい、体に体力がなくなっている。ちょっと悲しい。また今回はつれもなく、一人だったし。こういう観光はひとりより二人がいい。そういう日は来るんだろうか?ことしもまもなく、折り返しのときを告げようとしている。
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