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2012年1月

今日、慌てたこと

普通に会社に出勤し、席について驚いた。ズボンのチャックが壊れている。
開いているのではなく、壊れている。さて困った。

とりあえずトイレの個室に入って、修復を試みるも用をなさない。

「ドラえもんのポケットみたい」と言われたことのある、かばんからなにか役立ちそうなものはないかと探してみると、安全ピンがでてきた。(なぜ、安全ピンが入っている?)
内側から留めたら、なんとかなるかと試みるが、これを留めてしまうと、臀部が大きい私の場合、そもそもズボンが履けなくなることがわかり、断念。

このあたりで、大分ブルーな気分になっている。

気を取り直して、コートを来ている限り社会の窓が全開なのは見えないわけだから、と近くのそば屋で昼食をとり、なるべくコートを来たまま外出先に向かう。

外出先でソファーに座ると、やっぱり全開になる。相手が女性でなくてよかった。。。

帰宅後、近所の洋裁店に修理を依頼すると、チャックの取替に2,00円。
聞くと、結構頻繁に修理の依頼があるそうだ。
スーツのチャックが壊れた記憶は、ここしばらくないんだけどなあ。

ちなみにチャックとファスナー、ジッパーは同じものらしい。
http://www.ykk.com/japanese/ykk/mame/fas_01.html
YKKが言うのだから、間違いないのでしょう。

今度からは、家を出る前によく確認してから出ることにしよう。
中年婚活男子にあるまじき、失態。

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二日酔いの休日

昨晩、一部メンバーでOBOG会があり、一次会、二次会、二・五次会、三次会と飲み歩き、帰宅したのは午前三時過ぎ。さすがに今日は二日酔い。にもかかわらず、予定がいろいろ詰まっている。
まずは本業とは全く別に、依頼された仕事。あるビジネスについてレポートをまとめる仕事なのだが、ネットから情報収集しているだけでは、全体像がどうしてもわからず、一旦ネットを離れて大型書店と図書館のお世話になる。この時点で、すでに旧世代なのかも。いやいや、画面上で仕入れた知識は思索に応用できないと、「ネットバカ」には書いてあったはず。いそがば回れ。まとめるレポートのサマリーをまとめて一旦休止。あとは資料の読み込みして、あすからまとめにはいろう。そうだ、アマゾンで追加資料のオーダーもしたんだっけ。また読み込みしなきゃいけませんね。
続いて、お見合いの身上書をいただきに実家へ向かう。実家が近いのはありがたいが、二日酔いがきつく、調子がよろしくないのに電車に乗って小一時間は、けっこう辛い。いただいた身上書をみて、特にお断りする理由もなく、ではお会いしましょうかと回答。かつてお見合いは、実家近くのホテルのレストランで一度だけしたことがあるが、初対面では話題がなく、結構辛い時間だった。共通の趣味とか価値観とか、デリケートなものが相手を選ぶ基準になっているご時世にそう簡単にマッチングができるはずもない。うまくいったらめっけ物という程度だろう。男女とも話題豊富な口上手の方は、だいたい自力で解決しているのではないだろうかと、勝手に想像する。
そして結婚相談所との連絡。金銭を払って登録することに躊躇はあるものの、過日生命保険の見直しをした際に、10年後20年後の年齢を考えたら、あまり時間に余裕がないことがわかってしまった。仮にパートナーとのあいだにこどもを授かることができたとしても、そのこどもが成人するときに、いったい自分は何歳だろうかと考えると、実は大変なことになっている。もしもこどもが欲しいと願うなら、ほとんど時間がない。そもそも授かるかどうかわからない、天からの贈り物なのだから、可能性を考えると一刻も早いほうが望ましい。
あとは将来設計とか優先順位とか、いろいろなことの整理だろうか。まああすもう一度担当と話してから決めることにしよう。
気怠いながらも、こういうときに限って「あれしよう」「これしよう」と項目ばかり頭に浮かぶ。胃腸は、とにかく休ませてくれと悲鳴を上げているというのに。ここしばらく、同時並行でいろいろなことをしようとしているためか、胸焼けや偏頭痛が続いている。休んでも全く休んだ気がしない。むしろ動いている方が心身の健康を保っていられるような気がする。友人が、これからは全速力で動け、働けと言ったのが、約半年前。それがいま眼前にきて、ストレス無く楽しんでいるのに、体はついてこない。まあ四十代とはこういうものなのだろうか。
あしたが楽しみだと思う。心身ともに健康で満足していられるよう、時には酒の誘いを断ることも必要だ、ということだろうか。今日のいちにちは、これでおしまい。

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ポーツマスの旗

「ポーツマスの旗」吉村昭著を読んだ。昨年末、NHKオンデマンドで「坂の上の雲第3部」を観て、その昔石坂浩二が演じた小村寿太郎を思い出したからだ。
坂の上の雲では、当時の陸軍トップが戦争継続の不可能を認識していたと描かれていた。大山巌も児玉源太郎も、十分な物資の補充なく戦争を継続できるはずもなく、またロシアとの決定的な戦闘能力の差を認識していたからこそ、無理な進軍をせず、踏みとどまっていた。ロシアのバルティック艦隊を連合艦隊が撃破したことも、決して必然ではなく、明治の時代の、閉塞した状況を突破しようとする日本人の危機感がもたらした奇跡と捉えるべきだろう。だからこそ、ロシアとの講和成立こそが大きな意味をなし、他方で一般の日本国民が真相を知らされることなく外交がなされる事態が生じる。
小村寿太郎は、講和成立後決して日本国民から祝福されることはないだろうと分かっていながら、ロシアはじめ列強の強い政治圧力が働くポーツマスの地へ旅立ってゆく。
およそ30年前に観たドラマでは、気付かなかった発見がいくつかあった。真相を知らされないマスコミが、国民の講和成立反対論の火に油を注いでいたこと、小村の家庭が実質的に崩壊していたこと、当時の日本政府は総力をあげて日本国の独立自尊を確保しようと必死であったこと、など。この日露戦争が、その後の日本が進むであろう道を大きく変えたことは疑いがないが、他方、少なくとも当時の日本は自らの身の丈を、認識していたはずであろう。
だからこそ、なぜ日本が太平洋戦争まで至ってしまったか、について学生時代に教えられた軍部の暴走という説明に納得がいかないのだ。軍部こそ、特に現場に近い軍部こそ、島国である日本がいかに防衛困難で、かつ石油資源などの海上封鎖に弱い国家であることを認識しているはずであり、国際政治や感情論で対立したとしても、武力行使は最小限に留めるべきだと考えるのではないか。
もしかすると太平洋戦争に至る大きなうねりを作り出したのは、日本国民自体の高揚した気分であり、それを煽ったマスコミであり、その気分に乗じた産業資本がさらに軍部の強行を後押ししたのではないか。だとすると軍部のみを責められるはずもない。政府が、あるいは政治がコントロールを失うほどの民意を、我が国国民は歴史上なんども示している。この明治末期の時代にも、日比谷焼き討ち事件として史実が残っている。この国の国民が、あるひとつの方向に不満を募らせたとき、その爆発したパワーは簡単に政治を混乱させ、政権を転覆させる力を持っている。だからこそ、世界は日本が怖いのではないか。日本が一致団結することを世界はなによりも恐るし、いまも恐れているのではないか。
なにかアクションを行わなければ、平和が訪れることはないし、また継続することもない。戦争をしない、戦争を終わらせる、その強い決意をどのように実現するか、のひとつの方法を小村寿太郎というひとは示しているように思う。

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ステルスマーケティング

ステルスマーケティング、通称ステマという言葉があるらしい。クチコミサイトにやらせの問題が発覚し、規制するべきだと言われている。景品表示法違反や刑法に定める偽計業務妨害罪などの罪に問われる可能性があると指摘されている。
<http://www.nikkei.com/tech/business/article/g=96958A9C93819499E3E5E2E1998DE3E5E2E3E0E2E3E0E2E2E2E2E2E2;df=3;p=9694E3EAE3E0E0E2E2EBE0E4E2E0>

当然ながら、うその情報を意図的に金員等の対価の支払いを受けて流布することは、規制を受けるべきだろう。他方で、テレビ、新聞、雑誌、ラジオその他マスコミ媒体を使って、これらの媒体に金員を支払って宣伝してもらう、いわゆるペイド広告と呼ばれるものは、今日に至るまでなんら規制を受けていない。わかりやすくいえば、テレビ番組も、雑誌の取材も、レポーターや記者がいくら絶賛する内容を伝えていたとしても、それがペイド広告かノンペイド広告かの議論はされたことがない。どうしてこちらは、問題視されることがないのだろう?
おそらくだが、これらマスコミ媒体のペイド広告は、広告代理店の収入源であり、これをペイド広告、ノンペイド広告と分離して表示することは、かれらの存亡にかかる問題だからではないか?これに対して、ネット上のステルスマーケティングは既存の広告代理店がメジャーを占めるマーケットでは、おそらくない。すなわち、ネット上のステルスマーケティングに対するネガティブキャンペーンは、既存の広告代理店が自らの腹が痛まない問題を取り上げただけ、と捉えるべきではないかろうか?
街中を歩けば、テレビ番組や雑誌等とタイアップした広告宣伝に溢れている。例えば人気ランキングも、スポンサーが広告宣伝費を提供したステルスマーケティングかもしれない、とか、これがこのシーズンの流行です、というトークも代理店が作り出したステルスマーケティングかもしれない、とか疑えばいくらでもその手のネタには事欠かない。ステルスマーケティングに関する問題で違和感を感じるのは、クチコミサイトだけが取り上げられる、その状況について、だ。
人気の店で、人気のメニューを食べたい、人気のファッションを知りたい、人気の美容院を知りたい、などなど、クチコミに対するニーズは多岐に渡っているが、そのクチコミの信頼性を自分がクレジットしよう、自分が誰かを明らかにしてコミットしようとは思わないのだろうか。クチコミの信頼性をコミットするのは規制ではなく、例えばその投稿者の信頼性を評価する仕組みにあるのではないか、とわたしは思う。一昔前に、韓流ドラマのブームをめぐって、あるテレビ局に抗議の動きがあったのと同じであって、情報の受け手がその情報の提供者に対して意思表示する、フィードバックすることが情報の信頼性を担保するのではないか。匿名を匿名のまま、信頼できる情報として扱おうとすることの困難は、そのコストに見合わないほど大きいのではないか、と私は危惧する。

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不妊治療について

ネットサーフィンをしていたら、ある芸能人の方が不妊治療について、治療費の経済的な負担のみならず、精神的にも大きな負担がかかり、夫婦でけんかしたこともあると語っていた。わたしの周りにも長年の不妊治療を続けてきたカップルは少なくない。七年八年かかってようやく一人目のこどもを授かった夫婦や、十年治療しても授かることができなかった夫婦を知っているだけに、この芸能人夫婦が語ったことには深く同感する。
不妊治療には、健康保険の適用をするべきだ、と言われている。国が不妊治療の支援をするべきだと。基本的には、全く同感だ。ただし一定の年齢制限をするべきだろうと考える。
最近、ある結婚相談所で聞いたところによれば、女性の結婚動機としてはこどもが欲しいから、という動機が少なくないという。アラフォーと呼ばれる方々でも、こどもが欲しい欲求は強いそうだ。一方で、男性側は、こどもが欲しいからと言われてしまうと、プレッシャーに感じてしまい、夜の営み自体を苦痛に感じてしまうことがあることを、女性のみなさんは理解しているのだろうか?インポテンツであったり無精子症であったり、男性側の事情で不妊になることも多く、それによって男性もまた深いショックを受けるケースだって存在する。不妊は、どのカップルに起こってもおかしくない事象であり、だからこそ「こどもは天からの授かりもの」とお互いが深い理解をしていないことには、深く傷つくことになりかねない。
残念ながら人間もまた生物である以上、老化していく。最近のアラフォー世代の出産では、出産時の新生児の体重を2,000g程度になるよう産婦人科医がコントロールしているという。母親の体力が、二十代や三十代前半の妊婦と比べて劣っているからだそうだ。ある国会議員のように、一流の医療スタッフと高額の治療費をかけて出産することが誰でもできるわけではないし、どちらかといえば母子ともに負担がかかる高齢出産は避けるべきだろう。
このような意味では、例えば国や健康保険が助成ないし補助するなら、望ましい方向への誘導は行なってしかるべきだろう。例えば、39歳までのすべての女性については、既婚未婚(事実婚を含む)を問わず不妊治療の助成ないし補助を受けられるものとし、結婚している初産の女性に限り、44歳まで対象を広げるのはどうか。医療の進歩だけをとらえれば、もしかすれば50歳でももっと年上の方でも出産は可能なのかもしれない。他方で、こどもは出産したのち育児が待っている。たとえばこどもが成人するまで、親が責任をもって育てられる出産適齢年齢とはいくつだろうか?一部の恵まれた方々を別にして、そんなに高い年齢を許容できるほど、この社会はまだ適応していないのではないか。
失礼を承知で言わせていただければ、一部の女性と一部の医療関係者は、医療という科学が、なにか不可能なものを可能にしてくれる魔法のようなものと勘違いしているようにも思える。科学としての医療はもちろん必要であるが、過信は禁物ではないか。男性は決して種牡馬ではない。その逆が多くの女性の反感を買う発言となるのと同様にである。男性も女性も、不妊治療が抱える問題を通じて、自らの生き方を考えなおすことも必要なのではないか、とわたしは考える。

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来る激動の日に備えて

台湾の総統選挙が終わり、現職の馬英九氏が再選された。他方、ヨーロッパでは欧州金融安定基金の格下げをきっかけとしてユーロ安が続いている。イラン情勢は緊迫を増し、オイルの確保をめぐって大国中国が動いている。
阪神淡路大震災から17年を迎え、東日本大震災の被災地に向けてエールが送られている。消費税の増税論議が活発化し、先ほど現与党は旧与党案を受け入れ、国会議員定数削減を役員会で決めたそうだ。そのうち公務員給与の削減も俎上に乗せるのだろうか。
世界のリーダーが軒並み選挙の洗礼を受ける2012年が始まった。中曽根竹下両元首相が手がけた消費税導入を、いままさに欧米並みに引き上げようとしている我が国でも、遅かれ早かれ総選挙を迎えることは間違いなかろう。折まさに、東日本大震災の対応とともに、福島第一原子力発電所の事故収束、日本各地での災害対策見直し、景気対策、普天間基地問題など、これまで現与党政権が解決の緒すらつかむことのできなかった難問が積み重なって、軋みの音をあげている。なにか対策をするということは、誰かの負担で物事を行うということであり、自らの負担を回避すれば、例えば次世代の負担を増大させることにつながるかもしれない。海外情勢を眺めれば、必ずしも輸出や海外からの移転収支で今後とも日本経済を力強く引っ張っていける状況にはなさそうだ。むしろ自国の経済縮小に伴って、一部の国や地域で、グローバル企業同士の過当競争が一時的に発生する可能性すらあるのではないか。マスコミはこれまで同様、知られたくないことを知らせないだろうし、かといって疑心暗鬼になったところで知りたいことがあきらかになるわけでもない。東日本大震災で発生した多数のガレキは、日本国民全体で処理解決する道筋を探るべきだろうし、仮に数ある原子力発電所をすべて停止させたところで、その中に眠る核廃棄物ないし放射性廃棄物の処理をどうするか、脱原発派であろうと真剣に考えざるをえまい。

長いあいだ、自分のあたまで考えなかったことのツケが、いまいっぺんにわたしたちそれぞれの身に降りかかっているのではなかろうか。自分がよければそれでよい、ほかのひとがどんな影響を受けようと自分の家族だけは守りたい、そういうエゴイズムを時として社会は抑制することも必要だろう。一体全体、この国の公共の福祉は、どこへ行ってしまったのか?我欲に飲まれて、マスコミでさえも理性を失ってしまったかにみえる。
来る激動の日に備えて、せめて少しでも、自分と自分の親しい人々とを取り巻く、もっと大きな社会というものに思いを馳せて、公共の福祉の観点から、自分の行動を振り返ってみようではないか。その言葉その行動が、単なるエゴではないかと見つめ直す目を、決して失いたくないものである。

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予防医療と終末医療

社会保障と税の一体改革をめぐって、現政権の改造内閣が発足したらしい。いずれも素人目には大変わかりにくい仕組みになってしまって、どうして歳入の半分が国債発行で賄われている状態で、国の予算が執行可能なのか、そもそも理解できなくなっている。単純に、ありえないでしょ、これ。
これがまた理解しづらいのは、社会保障を抑制しようとか、税を増税しようとか、まるで二者択一のような選択を国民に迫ろうとしているけれども、国の正味国家資産がどのぐらいあるか、という話は横においておいて、実は国民に提示されていない選択肢は他にもあるんじゃなかろうか、と最近思う。そのひとつは予防医療であり、いまひとつは終末医療だと考えている。
予防医療は、文字通りそもそも病気にならないように体力を向上させることだ。ドイツのように行政区ごとにスポーツセンターを整備してスポーツ人口を増やすということも立派な対策のひとつだろう。ただ山谷の多い日本の集落では、単純に施設の整備だけではオペレーションができないかもしれない。ラジオ体操やリハビリを集中継続して行うほうが現実的かもしれない。
終末医療は、いわゆる尊厳死の取り扱いをきちんとすることだ。どんなに医療が発達しても、生命あるものはいつかは死ぬという事実を、尊厳死という概念は、より複雑にするのかもしれない。財産のあるものを狙う殺人事件と尊厳死とを法的にどのように峻別するのかは、とても重要な論点に違いない。だからといって、医療技術の限りを尽くして生命を維持することが、いままさに死に行かんとするひとの意思に合致しているといえるだろうか。ひとがより良く生きたいという願いは、よりよく逝きたい(死にたい)という願いにも通じるのではないか。それは、まだ十分に生命力があるひとが自ら命を絶つこととは全く別の、例えば自らの死期を悟った聖人の生き方のような選択なのではないか。
どうも、選択しうる選択肢全般を見比べて、どういう社会のあり方にしようか、という全体感のない、議論ばかりが目立つように思える。社会保障、特に医療のあり方は、入口と出口の両面から多面的に検討するべきではなかろうか。日本医師会を支持母体とする多くの政治家にとって、それは検討すらしづらい選択肢かもしれないが、増税の前にやるべきこととして、是非前向きの実施を検討してもらいたい。

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死ぬまで働こう

いったいいつのころからだろう。定年とかセカンドライフを楽しもうとか、という言葉が世間一般の共通語として言われるようになったのは。農林水産業や伝統工芸品製造などに従事している多くの方々は、(主たる生活の糧をその業に依存している限りにおいて)昔から働ける限り働いてきたのではないか。もしかすると商店街の店主なども、同様かもしれない。採算が合わなくなったから事業を辞めるということはあっても、あるいは十分な蓄えができたから辞めるということはあっても、いくつになったから辞めるというのは、少なくとも自営業の事業主にとっては、自らの意志で決めるオプションのひとつにすぎない。定年もセカンドライフも、選択肢のひとつでしかない。
それが、いつのまにかサラリーマン世帯が増えてきて、学校を卒業したら就職し、定年まで働いて、その後はゆっくりセカンドライフを楽しむ、というステレオタイプが刷り込まれるようになった。が、長年勤めた会社を定年退職して、めでたく再就職できる技術職や一部の専門職を別にして、ゼネラリストとして活躍してきた方々が、これまでの人生経験を生かした職場に再就職できているとは限らないのが現実だったりする。それは親の介護が理由で田舎に帰らなければならず、田舎ではそもそも求人が少ない、とか、大きな組織で長年勤めていたがために、中小企業や町内会などの小さな組織でその経験をどのように生かしてよいかわからない、とか、様々なミスマッチがあって、のことだろう。
一方で、仕事をしない生活というのは、社会との接点を持たない生活に陥りがちというリスクを抱えている。働いているうちは、それがどんな仕事であれ、その成果に対して、有償無償の対価がある。ひとに喜ばれたり感謝されたりすることも立派な対価だろう。定年退職する人が増えるに従って、単なるご意見番が増えるだけでは組織はまわらないことぐらいは、誰でもわかることではないか。よく若者が職を選ぶことについて、年配と思しき方々が「とんでもない」と苦言を呈しているが、そういう方々ご自身は憲法に記載されている、勤労の義務を誤解してはいないだろうか。勤労は国民の義務であるが、何歳になったら免除しますとは、どこにも書いていない。すなわち、働けるうちは働きましょう、というのが社会の仕組みであって、どうぞゆっくりお休みくださいとか、おつかれさまでした、という儒教的な道徳の世界とは一線を画している。
もちろん年配者に対する敬意は当然払うべきだ。しかしそのことと、いわゆる高齢者と呼ばれる年長者の方々が増えていって、生産年齢人口で支える高齢者の数がどんどん多くなることを放置することとは別問題である。また増え続ける社会保障の問題、我が国の中長期成長戦略などを考慮すると、ある時期を境にこれまでと別のステージで活躍していただくことがとても重要であると思われるが、いかがだろうか。
生きている限り、働こう。働ける限り、働こう。そしてそれがストレス無く実現できるような社会の仕組みをこそ、いまつくるべきではなかろうか。どこかのグループが主張しているような、年金支給開始までの定年の延長などという次元の小さな話ではなく、それぞれの年代、それぞれのライフステージで、働くことができる人は働く前提で、社会保障や税金の課税方法などを検討すれば、いままでの議論とは全く違う結論を導くことも出来るのではないか。ふと、そんなことを考えてみた。

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ブログのちからとこわさ

後輩のともだちに薦められて、ブロガーのちきちんさんが書かれた書籍を二作読んだ。

自由な発想をお持ちの方だなあ、という感想。

選んだ道はいくつも異なるものの、考え方の原点は僭越ながら同じだと思う。
たぶん、こういう方と飲んでたら、話が合うんだろうなあ。
おそらく同年代であろう、の方にしては、もっと若い世代の考え方に近いかも。

年末に20代の若者と会話していたら、「大企業なんか、怖くて入れない。
だって年配世代の隠れ企業年金負債をどれだけ負わされるか、
わかならいじゃないですか。」という。
40代のわたしには、ない発想。でも、ひとつの筋の通った考え方。
こういう考え方の人が増えてくると、団塊の世代の退職者を多く抱える
老舗大手企業は、もしかしたら困ったことになるかもしれない。

残念ながらアマチュアな僕らは、ここまでしか発信できない。
アイディアも、身近なニュースも、考え方も発信できるけれども、
ではどのぐらいのインパクトがあるのか、よくわからない。
「トイレの落書き」たる所以だろう。

ときに、爆発的なアクセス数から書籍化されたり、講演依頼があったりと、
非線形なラッキーシナリオが発生することはあっても、
だからどうだというのだろうか?
そもそも期待はずれの出来事が、金銭収入を含めて幸せをもたらすとは
限らないし、そのひとの平穏な生活を変えてしまうことだってあるかもしれない。
なにかを期待することが不遜であることはいうまでもないかもしれないが、
同様に、一度発信された、そのなにかは、なすがままに任せるしかないではないか。

わたしは一介の市民に過ぎない。その市民が思うことを書き連ねる手段として、
利用しているに過ぎない。書くこと自体については、なにも期待していないのだ。

ブログが書籍化されたものを見ると、なんだかちょっと不思議な気分になる。
どうしてタダのものが、有料の著作物になるのか。
読者にはどうしてわざわざ買おうという動機が働くのか。
著者は、どんな気分なのだろうか。
単純に印税収入が臨時収入になってうれしいだけか。
それとも、読まれるブログを書き続ける義務に再悩むようになるのか。などなど。

ツイッターも、たまに書籍化されているようだ。
いったい全体、個人のメディアツールと化したブログは、どの程度のレンジを想定すべきなのか。
わたしも含めたブロガーは、その書かれた内容について、どこまでの起こるかもしれない事象を想像するべきなのだろうか。

言葉という道具は、大変便利であるが、他方、とても不完全な道具であると、普段から感じている。言葉で表現しているブログという媒体のちからとこわさを、少しだけ感じている。

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2012年の初日の出

多くの人々の価値観が変わる、多くの出来事があった2011年が明けて、2012年がスタートした。もともと、わたしには知恵も知識もほとんどないが、ものごとを考える時間だけはたっぷりあった、そんな一年だった。ことしこそ、行動する一年にしたいと願いつつ、曇り空の初日の出を見に行った。

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まだ暗い明け方だが、水平線付近に雲が立ちこめ、不安を感じる。

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いよいよ日が出ているようにも見えるが、姿は見えない。

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光が見えてきた。

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見えた?

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はい、見えました。パチパチパチ。
今年は、ことさら長かった。雲が垂れこめていたために、約15分強遅れた模様。
ここ数年の恒例行事ながら、寒いわ、退屈だわ、疲れるわ、眠いわ。
厄年の御礼参りもしたことだし、今年で区切りにしようかと思ったものの、
また来年も来ているんだろうな。

この一年が、未来に期待の持てる充実した一年となりますように。 

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